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院外心臓突然死ゼロを目指して


 日本ではAED(自動体外式除細動器)の普及が年々確実に進んでいますが、院外心臓突然死で亡くなる方は年間8万人に迫る勢いで増加の一途をたどっています。交通事故死亡者は2,675人(令和5年)、新型コロナウイルス感染症で亡くなる方は年間およそ25,000人という数字と比べると、年間8万人の院外心臓突然死がいかに多く、みなさんの身近にある出来事なのか、お気づきいただけると思います。

 私たちは、交通事故を起こさないように、遭わないように幼稚園の頃から大人になるまで継続的に交通ルールを学ぶ機会がありますし、新型コロナに感染しないように、感染させないように、この数年間は生活が激変するほど様々な対策を個人でも社会でも施してきました。その一方で、より身近な危険である院外心臓突然死から命を守るために、皆さんご自身が何をしてきたか、と考えてみると、「自分にはあまり関係がないこと」として意外と無関心ではなかったでしょうか。

                       新潟大学大学院医歯学総合研究科

                       災害医学・医療人育成分野 特任教授 

                       新潟PUSH 代表   高橋 昌

                 

 

誰もがAEDを使えるように


 街のあちこちで消火器を見かけますが、その消火器は誰が使うのか、どう使うのか。実際に消火器を使ったことがない方でも「使うのは最初に火事に気がついた人」であり、使い方もきっと「安全ピンを抜いてレバーを引けば良い」のではないか、と多くの方が考えていると思います。まず119番通報をして、消防車が到着するまでの時間は自分たちで消火器などを使って初期消火に当たる。誰も疑問に思わないと思います。では、最近よく見かけるようになったAEDについてはどうでしょうか。目の前に倒れた人がいたら119番通報をして、救急隊の到着までに「AEDを自分が使う」「きっと使える」と思っている人はどのくらいいるのでしょうか。

 AEDの普及が進んでいるにもかかわらず、院外心臓突然死が減らない理由の一つに、実際にAEDを使える人、使おうとする人が増えていないことが挙げられています。しかし、多くの方にとっては、AEDの使い方も含めた「目の前で人が倒れた時の心肺蘇生法」を学ぶ機会がほとんどなかったので、「AEDはあなたが使うのです」と言われても、いざその場に立ち会った時に尻込みする気持ちも理解できるところです。

 学習指導要領が改訂され、中学校で心肺蘇生法などを行うこと、高等学校で心肺蘇生法などの応急手当てを適切に行うこと、と現在は明記されていますので、今後は徐々にAEDを含めた心肺蘇生ができる人が社会に増えていくことが期待されます。実際に新潟県の学校においてもAEDの使い方、心肺蘇生法の授業が始まっています。しかし、誰もがAEDが使えて心肺蘇生ができる地域社会をつくるには、学校でAEDや心肺蘇生を学び始めた子どもたちが大人になるのを待っていては遅いのです。

 心臓突然死の多くは「心室細動」という不整脈が原因です。心室細動とは、わかりやすく言えば心臓の痙攣(けいれん)です。心室細動になるきっかけは様々ですが、きっかけが何であれこの心臓の痙攣(心室細動)を止めない限り、心臓は血液を送り出すことができないので、その人は死んでしまいます。この心臓の痙攣を電気ショックで止めることができる唯一の機械がAED(自動体外式除細動器)なのです。 


 

命を救う時間との闘い



 倒れてからAEDのボタンが押される(電気ショックがかかる)までの時間が1分遅れるごとに、蘇生率(命が助かる可能性)は10%ずつ減少すると言われています。1分、1秒を争う事態なのです。しかし、119番から救急隊が現場に到着するまでの時間は全国平均で9分近くかかります。つまり、人が倒れるのを目撃した人が「救急隊の到着までの間に何をしてくれるか」が、倒れた人の運命を握っているのです。

 AEDは電源を入れると、何をしたらいいか全て音声で教えてくれますから、AEDの指示に従って言われた通りにすればいいのです。誰にでも安全に使えるようになっています。もしAEDの使い方が分からなくても、AEDがどこにあるかを知っていて現場に走って持っていけば、きっと使える人が誰かいるはずです。たまたまその場に居合わせたみなさんの少しずつの協力が、大切な命を心臓突然死から守ってくれるのです。

 119番通報をする。誰かにAEDを持ってきてもらう。その間はためらわず胸骨圧迫(心臓マッサージ)をする。AEDが到着したらAEDを使う。倒れた人が動きだすか、AEDの指示があるか、救急隊に引き継ぐ、このいずれか以外は絶え間なく胸骨圧迫を続ける。救急隊が到着したら引き継ぐ。この一連の流れをぜひとも積極的に講習会などに参加して体験してください。

 一番の失敗は何もしないこと。わずかな知識と一歩前に出る勇気であなたに救える命があります。そして、それはあなたにしか救えない命です。失敗を恐れず、何か一つでもできることをしてください。そして日頃から職場や学校、よく出かける先でAEDがどこにあるのかを意識する習慣をつけてください。そして、数年に1回でも結構ですから、AEDの使い方と心肺蘇生の講習会に積極的に参加してください。

 学校や職場、地域で心肺蘇生の講習会を企画したい場合には私たち新潟PUSHの事務局までご相談ください。模擬AEDを持って講習会に伺います。一緒に心臓突然死ゼロの地域社会をつくりましょう。

新潟PUSH事務局:新潟大学大学院医歯学総合研究科 災害医学・医療人育成分野内



  (2024.7.8掲載)


 
略歴 たかはし・まさし
1961年 東京都出身。新潟大学医学部卒。新潟大学大学院修了(医学博士)。国立循環器病センターなどで勤務し、新潟大学呼吸循環外科准教授を経て現職。新潟医療人育成センター長、新潟大学医学部災害医療教育センター事業責任者、北越地域医療人養成センター新潟分室長。日本小児循環器学会蘇生科学教育委員会副委員長。日本災害医学会理事。専門は小児心臓血管外科、災害医療、医学教育。日本胸部外科学会認定医、社会医学系専門医・指導医。

次回は高橋先生が災害医療・DMAT活動の現場や教育で共に活動している新潟市民病院 救命救急・循環器病・脳卒中センター副センター長 集中治療室長 熊谷 謙(くまがい・けん)先生を予定しています。


協力:株式会社メディレボ










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