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集中治療、受けますか?

はじめに


 新型コロナ感染症の大流行により世界中で入院病床が不足し、特に重症患者さんの入院する集中治療室(ICU)の不足により医療体制が危機的状態までひっ迫したのは記憶に新しいところです。

 実は新潟県は人口あたりのICU病床数が全国最少(2022年12月時点で人口10万人あたり1.5床、次に少ない県が2.5床、全国平均は5.8床)という由々しき事態にあるうえ、これまでの連載でも話が出た医師不足を反映して全国に2770人いる集中治療専門医も県内には23人(2024年4月時点)しか在籍しておらず、集中治療に従事するわれわれは危機感を抱いています。


新潟市民病院 

救命救急・循環器病・脳卒中センター 副センター長 

集中治療室長 熊谷 謙

                 

 

集中治療とは


 新型コロナ感染症を例にとると、酸素吸入や入院が必要になると中等症、自力では正常な呼吸が維持できず人工呼吸管理が必要になると重症と定義されています。そのように原因となった傷病が重症化すると様々な臓器不全を併発するため、原因に対する治療(コロナ感染症なら抗ウイルス薬やステロイドホルモン薬など)に加え人工呼吸など臓器不全をしのぐ治療も必要となります。

 そのような重症患者さんの治療には手厚い人員配置(医師が24時間側にいて迅速に対応でき、一般病棟では看護師1人が7〜10人の患者さんを看るのに対しICUでは2人まで)のもと、一日中絶え間ないモニタリング(呼吸や血圧などの観察)と容態変化に対する速やかな対処を行う必要があります。ICUには特殊なモニタリング装置のほか、人工呼吸、人工透析、ECMO(エクモ:膜型人工肺)など人工臓器補助を行う特殊な器械が備えられ、開心術など大手術後の患者さんの回復治療や、心疾患や脳卒中、外傷や熱中症などあらゆる分野の重症救急患者さんの治療を行っています。

 昔は自らの心臓や肺が機能不全に陥ることイコール死を意味していましたが、集中治療の進歩により、そのような状態でも生存さらには回復できるようになってきています。しかし繰り返し述べますが「集中治療は原病に併発した臓器不全をしのぐ対症療法、言い換えれば原病の治療のための時間を稼ぐ治療」なので、残念ながら原病から回復できない場合には死を先延ばしするだけの延命治療となってしまうのです。 


 

               実は茨の道…


 救命のためとはいえICUでの治療は「侵襲的治療」と呼ばれるくらいで患者さんの心身にかかる負担は決して小さくありません。気管挿管(人工呼吸器とつなぐ管を口からのどに留置する)のため会話はできず、手足の血管には点滴や血圧測定のための針が2、3本留置され、人工透析やECMOなどの治療のために心臓の中や心臓付近の太い血管にも管を入れることがあります。食事の代わりに鼻から胃に入れた管から栄養剤が投与され、トイレも行けないので尿道カテーテルとオムツで対応します。それら重要なチューブ類の逸脱を防ぐために寝返りなど体動も制限され、苦痛を緩和するために麻酔薬が常時投与されるのが集中治療の一般的な姿です(イメージ画)。このように自分の身の回りのことすら思うようにできず意思疎通も困難になる期間が術後管理で1〜3日、重症敗血症などでは1〜2週間も続くことがあります。

 ICUにおける死亡率は4%程度ですが、そうした苦労を乗り越えて救命されたとしても50〜70%の患者さんに何らかの後遺症が残ってしまうことが知られています。筋力が落ち て歩けないなど身体機能の低下、認知機能障害、抑うつ症状など集中治療後症候群(PICS)と呼ばれており、元の生活に戻れない方も少なくないため問題となっています。われわれ医療者もただ命を救うだけではなく、その先の社会復帰をも見据えて少しでも合併症や後遺症を減らすべく対策を講じていますが厳しい現実があるのも事実です。従ってすべての重症患者さんが無条件に集中治療の対象となるわけではなく、原病の回復可能性、重症度や予測死亡率など統計に基づく客観的指標、ICUでの治療やその後のリハビリに耐えられる体力があるかなどを慎重に検討したうえで患者さんやご家族と相談しながら治療を進めるようにしています。


いざという時のために


 最後まで納得いく人生を送れるように、人生の最終段階における医療・ケアの在り方を事前に考えておく取り組みが少しずつ広がっています。高齢者医療やがん医療など経過が緩やかで時間的余裕がある前提の概念ですが、急病や事故の場合でも同様にそれまで元気に生活していた方が突然命に関わる決断を迫られることがあります。

 集中治療で救命でき、その後も満足して人生を送れる見込みが高い場合は迷う余地はないかもしれません。一方、現代医学で最善の手を尽くしても救命が難しかったり、重篤な後遺症を残す可能性が高かったりする場合には、残された時間をわずかな可能性に賭けて独りICUで戦う以外にも、苦痛を緩和しながら自然な形で大切な人と共に過ごす選択肢もあります。今回のお話から集中治療の利点や限界をご理解いただき、いざとなったら自分はどうするか、自らの価値観や人生観に照らして考えていただくきっかけとなれば幸いです。

 (2024.8.6掲載)

 
略歴 くまがい・けん
1967年新潟市出身、新潟大学医学部卒。北里大学病院や東京医療センターで研修後、北里大学病院救命救急センター勤務を経て2003年より新潟市民病院救命救急センターに赴任し、2013年集中治療室長に。
日本集中治療医学会専門医、救急科専門医、日本救急医学会指導医、日本呼吸療法学会専門医として主として集中治療に従事する一方、中越沖地震で統括DMATを務めたことをきっかけに災害医療にも積極的に関わっている。 

 次回は、熊谷先生が外傷診療教育コース(JATEC)の指導者として知り合い、共に新潟へUターンしてからは日常診療はもちろん、学会や各種教育活動でも連携している済生会新潟県央基幹病院・新田正和先生を予定しています。



協力:株式会社メディレボ










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