もう、かれこれ半世紀近くも前になりますが、私が医者になりたての頃、がんの有効な治療法は早期発見による手術しかありませんでした。
内科では「インフォームド・コンセント」もないまま、手術の困難な患者さんに副作用の強い抗がん剤を投与していました。患者さんもわれわれも必死でしたが、多くの場合、患者さんを苦しめる結果に終わっていました。
公益財団法人新潟県保健衛生センター会長
結核予防会新潟県支部代表
横山 晶
肺がん検診の確立に注力
そこで、肺がんから命を救うには早期発見しかないと考え、私たちは、早くから「肺がん検診」の確立と精度の向上に心血を注いできました。おかげで新潟県の肺がん検診は全国的にも高く評価されることになり、1999年には、肺がん検診の有効性を示すエビデンスの一つを発表することができました。
しかし、がん検診の受診率は低く、到底がん死亡を減少させるには至りませんでした。
その頃、新しい抗がん剤が次々に開発され、がんの化学療法の効果を実感できるようになり、私たちは、新しい抗がん剤の開発に関わる臨床試験に取り組みました。そしてついに、2002年には世界に先駆けて分子標的治療薬が承認され、2014年には免疫チェックポイント阻害薬が開発されました。これにより進行がんの治療は飛躍的に進歩し、個々の患者さんのがん細胞の特性に合った治療が選択できるようになり、長期生存も期待できるようになりました。
「正常性バイアス」に注意
私は、2014年から新潟県保健衛生センターに勤務しており、今は、検診によるがんの早期発見、生活習慣病の予防などに取り組んでいます。
ところで皆さんは「検診」と「健診」の違いをご存じでしょうか?ここまでの話は「検診」で、特定の病気を早期に発見し、早期治療につなげるための検診ですが、「健診」は、病気を未然に防ぐのが目的です。
ここで問題となるのが「やりっぱなし健診」で、健康な人ほど自分の健診結果に無頓着で、「要精検」になっても「自分は大丈夫」、「今は体調がいい」、「今は忙しい」などと医療機関受診をためらう人が意外と多いのが問題です。多くの人には、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまうという「正常性バイアス」というのが働きます。さまざまな災害の場面でみられる逃げ遅れの原因となります。健診では、せっかくの早期発見のチャンスを逃してしまうことになりますので気を付けてください。地域医療構想は、医療機関の機能分担と連携、特に入院機能・救急医療の役割分担と連携推進を目指すものであり、さらに最近は、外来機能の役割分担と連携も検討されています。医療関係者間での理解、議論は少しずつ進んでいると思いますが、実際には、医療を受けるみなさんの理解と実際の受療行動がきわめて重要です。
健診は自身の通信簿
最近、女優の中村メイコさんが「大事なものから捨てなさい」という随筆の中で「好きなことや楽しいことをするために健康であることが必要なのに、今はただ健康になるために生きている人がいかに多いことか」と嘆いています。また、作家の五木寛之さんは、どこかの対談で「ウエスト幅の健康基準などというものを国家が決めるのはファシズムだ」と言っています。
お二人とも、長寿を全うしているお方ですので、お言葉には重みがあり、共感できる部分も多いのですが、ひとは大病を患った時、初めて健康のありがたさを思い知ることになります。私の経験では、その時ケセラセラという人は多くはありませんでした。普段はあまり神経質になる必要はありませんが、適度な生活習慣改善の努力は必ず実を結ぶと考えています。
健(検)診は、新型コロナのパンデミックにより、受診控えが起き、まだコロナ以前に回復しておりません。がん検診、結核検診などの受診控えは非常に危険です。健(検)診は、ご自分の身体の通信簿と思って、毎年受診して頂きたいと思います。
(2023.8.4掲載)
新潟県保健衛生センターの肺がん検診車。車椅子に乗ったままでも受診できます
よこやま・あきら
1973年新潟大学医学部卒。新潟大学第二内科、県立がんセンター新潟病院長などを歴任。2014年から新潟県保健衛生センターに勤務し、18年から現職。結核予防会新潟県支部代表。専門は内科・呼吸器内科、肺癌の診断と治療。
次回は、県立がんセンターの研修医時代に横山先生の指導を受けた医療法人崇徳会理事で消化器内科医の富所隆先生を予定しています。
協力:株式会社メディレボ
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